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小林真生


朝3時25分から
毎朝、起床の5分前、枕元のベルが鳴る。これを予鈴とする。 3時30分、そのベルと、机の上の携帯が鳴る。これを本鈴として、携帯のアラームの音が一巡するごとに、時計のベルを止め、布団を放り、身体を起こし、梯子に足をかけ、寝床のロフトを降りるなどする。なお、一定の決まりで動くものではない。 居間の2階でアラームを止め、パソコンの電源を入れ、水回りの1階へ下る。トイレに入り、続いて顔を洗う。このとき、髭を剃る。台所に立ち、前日の洗い物の、台に置かれているものを片付ける。そして櫛を持ち、ヘア・アイロンをコンセントにつなぎ、髪を整える。小さな鏡を、台所の目線の高さの取手に取り付ける必要がある。その後、アイロンと櫛、鏡を元の位置に戻す。 階段を上がり、服を着替える。そして、2階の冷蔵庫からコーヒー豆を取り出す。椅子に座り、目薬を差す。パソコンにログインし、「小話」チャンネル収録用のプログラムを起動する。そしてモニターの情報やスピーカーの音量、マイクの位置などを整え、収録の開始できる状態にあることを確認する。ミルにコーヒー豆を入れ、挽く。そして豆の袋は冷蔵庫にし
3月24日


ねえ、あの、内緒のはなし
ねえ、あの、ねえ、あの 内緒のはなし 今日ね、駅で、見たことなの 太郎さんが、歩きながら 小さな窓を見てたんだ 何だかそこに 道のあるみたい でもね、まわりは いつも、いつも すれ違う 人の声に、かこまれてるの …ねえ、あの、ねえ、あの 内緒のはなし 昨日ね、カナから、聞いてきたの リナちゃんは、お休みでも 朝になると起きちゃうって 何だかからだが 先に動くみたい でもね、こころは いつも、いつも 追いかけて ときのあとを、歩いてるの …ねえ、あの、ねえ、あの 内緒のはなし 今日ね、川で、見たことなの ソウちゃんが、石を投げて 水をずっと眺めてたの 何だかそこに 道のないみたい でもね、からだは いつも、いつも 気まぐれな 風が、そっとうごかしてるの (歌曲 MWY 442 の詞)
2月13日


心象列車
愛なくして現代の都会を生きている。 得体のしれない隣人の、幸せから願わない私であるが、そしてこの都会に関心があるわけではなく、望むなら離れたいところでもあるが、そこに集まる美しいものに興味を持ち、面白がりながら生きている。 未だに文化を会得しない。 美しいものにはただそれ以上に意味をあてつけていない。 良いだろうが、他人はそれを寂しいというのかもしれない。 かつては、美というものはどこか切実に思われたのであろう。 私のような温室育ちには、古い家屋の断熱性のないこと、冬になるとよく冷えることは技術的欠陥であり、克服すべき不便のように感じられた。 そして歴史上、一般的室温の向上が文明の発展を象徴しているという説をどこか疑いつつ、多く共感した。 しかし、そう克服しようとして感じるのに美はないことがわかった。 物質的に不便なとき、美があるから実際の寒さが防げたり、忘れられたりするわけではない。 一方で、より良い生活への憧れに美があったわけでもない。 その生活苦に因果がない上に、何かを面白がる習慣が自然とあったのであろう。 あらゆる要請によって、東京には様
1月14日
小林真生のサイト内ブログ
こちらは、ブログ記事の一覧になります。何か気に留まることがあったときに記録したり、何かをお知らせしたりする、雑多なブログになります。
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