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自己に対する信仰心の件(人生についての随筆)

執筆者の写真: 小林真生
小林真生
8月9日
読了時間: 3分

更新日:6 日前

 ――私の持たざる物の正体は何か。

 ――社会に帰すべきものかもしれない。



 癪に障る塾の嫌悪の感を抱きながら乗った帰りのバスで、小学生時代の私を数で圧倒してくるような、赤黒い靄のような、今となってむしろ得体のわからなる他校の下級生とたまにいる同級生の、喋り声に囲まれながら、外界を眺めたことが想い起される。外界というのも、最もまぶしいのは館を出た後すぐ目を惹きつけたグラウンドと、いやに明るくて夜成に不安になった、グラウンドを照らす大電灯であった。グラウンドにはおそらく、同級生の男子が集っていた。サッカークラブの練習風景であった。

 私も同類であるべきであった。グラウンドをひょっこひょこうごめく斑点の様な物体と、同類の少年であるべきであった。それも自己の責任で追求すべきであった。


 怠惰を自慢していた。私が自慢していたし、同級生もしていた。現在の私はあまり自慢していないが、周りの人はしている。私は自慢すべきでなかった。

 確かに同級生は怠惰であった。しかしその或者は内的な向上心をもって勉強に取り組んでいた。他の或者は勉強を放棄した。それも度胸である。内的向上心の者は冗談として勉強していないことを自慢した。確かにその者は学校の勉強に情熱がなかった。ただ方向が上にあった。しかし彼は相手が、自己以外の何処にも情熱の向かない宙吊り人形のような人間なのだとは気付かなかった。宙吊り人形は今や片付いた。夜中の倉で寝転がっている。


 ピアノの達者な子がいる。多分うまい。

 彼女がいかに芯のある人であるのか、甚だ未知数である。とにかく結果が素敵である。

 結果的な人間性が素敵である。私はふと、時間の流れだけ共有してきた彼女の過去について、あこがれてみた。


 凄く体中が苦しくなった。


 宙吊り人形も寝られないとなると、自分なりに恐ろしくなるものである。

 かつて知れない大きな存在を感じた。

 ちなみに彼女のピアノは、甚だ無邪気ではあるまいか。聴いたことはない。


 ――あなたの過去が識りたい。

 大胆とも真面目ともつかないあなたのデカさは、

 どこから来たのか。

 好き嫌いはあったのか。

 あなたの「嫌い」は、何を消極的たらしめたのか。

 自分の決心でない努力を成就させたとき、

 何を実感し、何に感謝したのか。

 心と向き合ったことはあるか。

 ――

 現在でも心と向き合えるか。

 この瞬間に、心と向き合えるか。

 ――

 人間的な楽しみを知っているあなたは、

 人間のことをどう思うか。

 あなたは、人間存在一般と向き合えるか。

 ――

 悩みはあるか。

 悩みに理由はあるか。

 あなたの心は、人間から解放されたいと、

 欲していると思うか。

 ――そんなあなたにとって解放とは何か。


 自分の将来を決めるものは何か。


 ——それは信仰心である。

 信仰心のある者は、自分の興味ややりたいことが、突き詰めて所与されると信じる。

 自分の抱く夢を、何等かの衝動や経緯で確実となった根源的なものであると信じて疑わない。


 信仰心のない者は、自分の夢の意義を突き詰めて問うことができる。

 そして論理的にも経験的にも、破綻した存在仮定体であると識る。


 しかし信仰心のある者は、自分の夢を整然と、決然と、論理的に語ることができる。

 自分の意欲や興味が、正確に把握される必要はない。

 言語化した自分の夢が、根源として間違っていることは問題にならない。


 誰も自分の努力によって真面目を実現していなかった。志す筈もなかった。そこにはただ信仰心があった。境遇から与えられた信仰心があった。

 私は信仰心を持った人間であるべく育てられたと思う。ただし、私はそのために何もかも疑うほかなかった。与えられたものを好きとしなかったし、不断に好の追求者たらんとする欲も、一種の信仰生活に抑えつけられた。私はここに感情を持たないし、おそらく持つこと能わない。 以上

 
 

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・・・

​小林真生は音楽をする人

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