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音楽における記譜法の役割について、具体的な教育方法を挙げながら論じなさい

  • 執筆者の写真: 小林真生
    小林真生
  • 2月21日
  • 読了時間: 3分

※ 入試論述問題の練習で記したのを試験的に投稿してみたものです。


 記譜法とは、音楽における特定の記号的要素を楽譜として書き留めるための方法であるが、世界各地には様々に異なる性格やその目的をもった記譜法が存在する。ここでは、西洋と日本にみられる記譜法と教育の関わりについてそれぞれ論じ、両者の記譜法の異なる目的について論じる。


 現在の西洋音楽では、中世期の聖歌の記譜法を先祖に持つ、五線譜と呼ばれる楽譜が主に使われている。ネウマ譜と呼ばれるその聖歌の楽譜と記譜法の発展には、ローマ・カトリック教会がローマ式の歌唱法をヨーロッパ各地に普及させようとして時代背景があり、しだいに遠地へより正確な音程と音価を伝達するために、両者を客観的に記述する形式である定量記譜法が発達していった。一方で教育の面では、定量記譜法による楽譜を正確に歌唱するための訓練であるソルフェージュが生み出され、中世からバロック期にかけて記譜法とともに世俗芸術音楽を含む多くの音楽家の間に普及した。パリ音楽院に始まり、19世紀に多くが整備された近代的音楽学校(音楽大学)は、近代国家体制と資本主義の発達を背景としており、それまで各地で様々に行われていた教育カリキュラムを画一化し、ヨーロッパで標準的に通用する音楽家を養成することが目指された。楽譜については、ソルフェージュや各楽器の教則本や練習曲が出版によって広く普及しており、また実際の演奏面でも楽曲の記譜された通りに演奏し、即興性を排除しようとする思想が支持されるようになった。以上をみると、西洋音楽の教育における楽譜は特に遠隔の権威をもつものであり、楽譜そのものの情報が空間的に拡張する傾向の強いことがわかる。


 一方、日本の伝統音楽における教育では、現在でも師匠が弟子に技を直接伝授する口伝による継承が重んじられている。例えば三味線音楽では、奏法や楽曲を習得する際に口三味線と呼ばれる予備的な歌唱法を用い、師匠の歌を真似ることによってそれらを教わることとなる。口三味線をはじめ、楽器の音色や奏法を擬音的にあらわした歌は口唱歌と呼ばれ、日本やその外の地域の伝統音楽においてよく用いられており、主に文字を用いた記譜法によって書き記されることもある。しかしその楽譜は楽曲の忘却を防いだり、口伝の教材として用いたりするためのものであり、あくまで対面での教育における補助的な役割をもつものである。さらに、江戸時代の能楽のように、流派の独自性を守るために楽譜を門外不出とした事例もみられるが、このように日本の伝統音楽の教育やその補助としての記譜法は、内的な継承を指向するものであると考えられる。


 演奏様式について理解のある人へ向けて必要事項を指示する記譜法は「規範的」といわれ、ある要素の客観的記述を前提として現象を書き留める記譜法は「記述的」といわれる。実際にはどの記譜法においても両者の性格を持ち合わせることになるといえるが、空間的に拡張し、普及することで権威の強められる西洋音楽の記譜法は、特にソルフェージュや練習曲のような画一的教育の目的をもつものについては記述的な性格が強いといえる。一方で、直接伝授を基本とする日本の伝統音楽の教育では、楽譜はその補助となるものであり、口伝による要素の強い規範的なものであるといえる。以上のように、両者における記譜法の違いには音楽を取り巻く思想的・社会的要因がみられるのである。

 
 

​小林真生は音楽をする人

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